写真家 板垣真理子 の楽しい 日記 です


by afrimari
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京都~東京 アフリカ学会、と 関野吉晴氏の講演

京都と東京へでかけました。

最近「出」まくり。それもいいのではないか、と思っています。出たいんだったら、出れば?

楽しかったです !
京都は、久々のアフリカ学会。
もう学会員となってからずいぶんな年数が経ちました。その分、お知り合いになっていただいた先生方との再会も、ずいぶん楽しく。
ありがとうございました !
「久々に学会に参加すると、脳細胞が活性化します」
と言ったら
「いや、もう今からは無理だろ」
などというタメ口? てのも変ですが、あちらが先輩なんですから・・・あ、軽口? えっ、あ、憎まれ口、も楽しく、笑

ちょっとだけ早乗りして、京都の町の散策もしました。神戸からはなんども通っていますが、そのたびに用事があって行っているので、今までは意外と遊べず。

素晴らしく晴れ渡った空の下、賀茂川(上流は、そう書くそうです)の飛び石発見で、なんかこういうの楽しく、ぴょんぴょん。
渡りきったところにはちゃんと人の通る道筋が並木のなかにあり。それを越して、京都御所へ。広っ ! 自転車がないと全部は大変過ぎです。建礼門、鑑賞♪ 昔はど派手だったんですよね、きっと。いまでもカラフル。
かなり歩いたにも関わらず、二条城へも、いや、感激しました。城なんですね、二条城。京都の方には「なにぃ?」と言われそうですが。いわゆるのお城のかっこうをしていたとは驚きです。内部にはかなりぐっときました。この内で執り行われた事どもが、なにかひしひしと伝わってくる気がするのですね。欄間、装飾、畳の間の広さ(コの字型の広い和室 ! )「殿 !」なんて叫びが聞こえてきそうで。
実際、ここで「大政奉還」の報せを行った和室広間は、人形がずらり。うむ~。こんなふうだったんですね。ちょっと笑ったのは、募金をするメンバーに加わると、決められた日に「殿」になれるらしいです。わぁ~、女性はナシですか? ・・・別に「殿」にはなりたくないけど。外部、石垣も見事でした。子供の頃、こういうの見せられてもあんまり感激はしなかったんだけど・・・
これだけでも夕方になってしまったので、河原町~祇園~知恩院の大門(京都の中でもそうとうに好きな寺です、日本最大の門、て今回初めて知りました)経由で、東京の写真学校時代の教え子がやっているカフェへ。八坂神社の近くの小さな水路沿い。「やまもとコーヒー店」です、みなさま、よろしくぅ。いいお店ですよ。よくがんばったな、と思います。学校時代から頑張り屋さんではありましたが・・・と言いつつ、ほんまかいな、とまた思っている、笑 ある種の頑張り屋。自分がやりたいと思ったことのみやる、頑張り屋さんですかね。しかし、よくやっている。ここで、ハンバーグサンド。やるなぁ・・・美味しかったです。この子のつくったサンドと、キャベツの千切りを食べる日が来るとはねぇ・・・

で、ここの近くの、というか、学会のあった京都大学になるべく近い宿、というのでとった、「町屋風」の宿。築100年だそうです・・・うわっ。京都にはいっぱいでしょ。うわっ、とか言ってますけど、ウチの父とたった二年違いです。建物のほうが古びていく感じがします・・・父が特別だったか、ま、置いといて。

翌日、再度、しっかり学会参加。
実は、私、スケジュールを間違えていまして。懇親会は楽しい再会の時なのに、この日にすでに東京へ行く日程を作ってしまっていました。

というのも、
「関野吉晴さんの講演会」を偶然見つけてしまって。人の辿った足跡を、南米大陸南端からアリョーシャン列島を通ってアフリカへ向けて逆に辿る、というグレートジャーニーの方です。
以前からすごく興味があったのですが、関野さんは関野さんでご自分の世界をまっしぐらだったので。でも今、うまく遭遇できる気がしていたので、即参加を決めました。

面白かったです !
思った以上に、かなり、素朴で地味な感じのする方で・・・変な山っ気をもってやっている方ではない、というのはすぐにわかりました。おかしなヤツでなければすぐに胸を開いてくれる感じも伝わってきました(ちょっと自慢すると、名刺を出したら私のこと知っててくれました♪ はは)私が冒険家っぽい写真家ならば、あちらはホンモノの冒険家そのものです。
かなり、どえらいことをやってのけてくれている方です。でも、印象に残ったのは、その中にあるポリシーですね。「弱いものほど残る」というようなことが繰り返し。たとえば、「人間は弱かったら、守るための知恵をつけて生き残ってきた」「(グレート・ジャーニーのように)次の地、別の場所に移動を余儀なくされたのは、弱い人間だった」「しかし、弱くて移動したとしても、ずっと弱かったわけではなく、次の地で強くなり生き延びもした」。

いろいろなシーン、いろいろな地で得てきた、生の感覚、生の声です。+モノの観方に関野さんご自身の考えと気持ちがこめられているでしょう。これからの私たちの生き方にも大きくなにかを投げかけてくれていると思います。
特に日本でやっておられる活動で、武蔵野美術大学での講義。すべて、一から自然から得たもので作る作業、っていうのは凄かったですね。砂から砂鉄をとり(子供の頃やったよぉ・・・懐かしい ! )何トン(忘れた、でも凄い量)か集め、溶かして日本刀の刀師にお願いして、斧などの刃物を造り ! (ここまででも相当な感激です)それでもって船を造るための木を切り倒す。

そのシーンがまた、すごいのですわ。日本にはマッチする木がなかったので、どこだったか? (とにかく日本より南方)に向かい、木を探しつづけ、見つけた気の精霊にお願いし、別の木に移動していただいて、切り倒す。その一連がすさまじく感動的なのです。こういうシーンは幾度となく見たはずなのに、ここまで徹底して凄いことをやってくれると、思わず涙ぐみました。凄いです。尊敬します。

その木で作った船は、木の切りかぶに供えて「報告し?」、そして、海へ。台湾から日本まで?どこからどこまで、正確に覚えてません、すみません、確認します。とにかく、小さな木製の船二隻で、GPS もなにもそなえず、帆だけの力でどんぶらこ、どんぶらこ。相当な大波の中も潜り抜けてきたようです。撮影クルーは、別のエンジン船に乗っていたようですが、嵐が来たらこの船が助けになるものではなかった、と。「えっ?」
「なにか起きた時の備えは?」「ありません」て・・・えええっ ! です。
本当の冒険すぎ・・・と今日は、ここまで。
またいつか書きます。とにかく、素晴らしかった。
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by afrimari | 2014-05-28 10:25