写真家 板垣真理子 の楽しい 日記 です


by afrimari
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<   2014年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

京都と東京へでかけました。

最近「出」まくり。それもいいのではないか、と思っています。出たいんだったら、出れば?

楽しかったです !
京都は、久々のアフリカ学会。
もう学会員となってからずいぶんな年数が経ちました。その分、お知り合いになっていただいた先生方との再会も、ずいぶん楽しく。
ありがとうございました !
「久々に学会に参加すると、脳細胞が活性化します」
と言ったら
「いや、もう今からは無理だろ」
などというタメ口? てのも変ですが、あちらが先輩なんですから・・・あ、軽口? えっ、あ、憎まれ口、も楽しく、笑

ちょっとだけ早乗りして、京都の町の散策もしました。神戸からはなんども通っていますが、そのたびに用事があって行っているので、今までは意外と遊べず。

素晴らしく晴れ渡った空の下、賀茂川(上流は、そう書くそうです)の飛び石発見で、なんかこういうの楽しく、ぴょんぴょん。
渡りきったところにはちゃんと人の通る道筋が並木のなかにあり。それを越して、京都御所へ。広っ ! 自転車がないと全部は大変過ぎです。建礼門、鑑賞♪ 昔はど派手だったんですよね、きっと。いまでもカラフル。
かなり歩いたにも関わらず、二条城へも、いや、感激しました。城なんですね、二条城。京都の方には「なにぃ?」と言われそうですが。いわゆるのお城のかっこうをしていたとは驚きです。内部にはかなりぐっときました。この内で執り行われた事どもが、なにかひしひしと伝わってくる気がするのですね。欄間、装飾、畳の間の広さ(コの字型の広い和室 ! )「殿 !」なんて叫びが聞こえてきそうで。
実際、ここで「大政奉還」の報せを行った和室広間は、人形がずらり。うむ~。こんなふうだったんですね。ちょっと笑ったのは、募金をするメンバーに加わると、決められた日に「殿」になれるらしいです。わぁ~、女性はナシですか? ・・・別に「殿」にはなりたくないけど。外部、石垣も見事でした。子供の頃、こういうの見せられてもあんまり感激はしなかったんだけど・・・
これだけでも夕方になってしまったので、河原町~祇園~知恩院の大門(京都の中でもそうとうに好きな寺です、日本最大の門、て今回初めて知りました)経由で、東京の写真学校時代の教え子がやっているカフェへ。八坂神社の近くの小さな水路沿い。「やまもとコーヒー店」です、みなさま、よろしくぅ。いいお店ですよ。よくがんばったな、と思います。学校時代から頑張り屋さんではありましたが・・・と言いつつ、ほんまかいな、とまた思っている、笑 ある種の頑張り屋。自分がやりたいと思ったことのみやる、頑張り屋さんですかね。しかし、よくやっている。ここで、ハンバーグサンド。やるなぁ・・・美味しかったです。この子のつくったサンドと、キャベツの千切りを食べる日が来るとはねぇ・・・

で、ここの近くの、というか、学会のあった京都大学になるべく近い宿、というのでとった、「町屋風」の宿。築100年だそうです・・・うわっ。京都にはいっぱいでしょ。うわっ、とか言ってますけど、ウチの父とたった二年違いです。建物のほうが古びていく感じがします・・・父が特別だったか、ま、置いといて。

翌日、再度、しっかり学会参加。
実は、私、スケジュールを間違えていまして。懇親会は楽しい再会の時なのに、この日にすでに東京へ行く日程を作ってしまっていました。

というのも、
「関野吉晴さんの講演会」を偶然見つけてしまって。人の辿った足跡を、南米大陸南端からアリョーシャン列島を通ってアフリカへ向けて逆に辿る、というグレートジャーニーの方です。
以前からすごく興味があったのですが、関野さんは関野さんでご自分の世界をまっしぐらだったので。でも今、うまく遭遇できる気がしていたので、即参加を決めました。

面白かったです !
思った以上に、かなり、素朴で地味な感じのする方で・・・変な山っ気をもってやっている方ではない、というのはすぐにわかりました。おかしなヤツでなければすぐに胸を開いてくれる感じも伝わってきました(ちょっと自慢すると、名刺を出したら私のこと知っててくれました♪ はは)私が冒険家っぽい写真家ならば、あちらはホンモノの冒険家そのものです。
かなり、どえらいことをやってのけてくれている方です。でも、印象に残ったのは、その中にあるポリシーですね。「弱いものほど残る」というようなことが繰り返し。たとえば、「人間は弱かったら、守るための知恵をつけて生き残ってきた」「(グレート・ジャーニーのように)次の地、別の場所に移動を余儀なくされたのは、弱い人間だった」「しかし、弱くて移動したとしても、ずっと弱かったわけではなく、次の地で強くなり生き延びもした」。

いろいろなシーン、いろいろな地で得てきた、生の感覚、生の声です。+モノの観方に関野さんご自身の考えと気持ちがこめられているでしょう。これからの私たちの生き方にも大きくなにかを投げかけてくれていると思います。
特に日本でやっておられる活動で、武蔵野美術大学での講義。すべて、一から自然から得たもので作る作業、っていうのは凄かったですね。砂から砂鉄をとり(子供の頃やったよぉ・・・懐かしい ! )何トン(忘れた、でも凄い量)か集め、溶かして日本刀の刀師にお願いして、斧などの刃物を造り ! (ここまででも相当な感激です)それでもって船を造るための木を切り倒す。

そのシーンがまた、すごいのですわ。日本にはマッチする木がなかったので、どこだったか? (とにかく日本より南方)に向かい、木を探しつづけ、見つけた気の精霊にお願いし、別の木に移動していただいて、切り倒す。その一連がすさまじく感動的なのです。こういうシーンは幾度となく見たはずなのに、ここまで徹底して凄いことをやってくれると、思わず涙ぐみました。凄いです。尊敬します。

その木で作った船は、木の切りかぶに供えて「報告し?」、そして、海へ。台湾から日本まで?どこからどこまで、正確に覚えてません、すみません、確認します。とにかく、小さな木製の船二隻で、GPS もなにもそなえず、帆だけの力でどんぶらこ、どんぶらこ。相当な大波の中も潜り抜けてきたようです。撮影クルーは、別のエンジン船に乗っていたようですが、嵐が来たらこの船が助けになるものではなかった、と。「えっ?」
「なにか起きた時の備えは?」「ありません」て・・・えええっ ! です。
本当の冒険すぎ・・・と今日は、ここまで。
またいつか書きます。とにかく、素晴らしかった。
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by afrimari | 2014-05-28 10:25
D リースマンの「孤独な群衆」
Fb上で、池上比佐之
さんが、昨日の私のコメントに対して書いてくれたのが面白かったから調べてみました。
今ある、私たちの状況を分析して考えてみる、というのはとても面白いことだと思います。人は、自らとその環境を分析してみて、初めて、自らへの理解を深める、次なる一歩の糧にできるものですから、これを読んでみるのはけっして無駄ではないでしよう。

http://blog.livedoor.jp/honekawa_suneo/archives/50814461.html

私たちの環境は、第三段階にあるのは間違いないですが、それでも第一、と第二の要素がきえてしまったわけでもありません。地域によってはその度合いの濃い薄いも存在します。概して東京などの大都市になるにしたがって、第三段階的要素は強まります。

また、個人の指向性も少なからず興味深いですね。私みたいに「自律型」であっても、それが時には変化しうる。(なので、その逆もいえるよ、と思っていますが)
でも、自律型の人間であっても、「他人指向」がまったく欠けていることはなく。
今の私は、その「他人指向」というとなんか言葉がドライですけど、「友人を欲する」と言い直してもいいですね、その嗜好性が突然、目の前に大きく立ち現れた、とでも言えばいいのでしょうか。この場合の「他人指向」と「友人を欲する」を一緒にしちゃうのも、もしかしたら問題はあるかもしれませんが・・・私の中で、「他人指向」つまりmixiやfb も含めて・・・と友人を欲する気持ちをどこかで一緒にしてしまっているかもしれませんね。

しかし、人とは面白いもので、自らがちゃんと意識し直すと、それで落ち着くということもあり。今の私は「なるほどね」と言いつつ、再度、「自律型」で、しかも「どこでも生きられる」& 私の場合は「放浪型」の生き方を選びとろう、とし始めています。もちろん、だれにでも当てはまるものではありません。特に後者は。

今回の、「事故による移動」で、住む地を変えた人たちをかなり知っていますが、その人たちのかなりな割合が、「もう一度移動する」ことをやっていますなんらかの必要にせまられて、です。人は、働き、糧をえなくては生きていけないので、その点がもっとも大きい。時にはもっと違う人間関係もあるかもしれません。これはかなりなエネルギーを要することでしょう。私もその一人ですが。生活を、もう一度「立て直す」必要があるからです。
ここから新しい話題に入っていくと、またしても長くなりそうなので、今日はこのあたりで。
何が言いたかったかというと、そういう「人には見えにくい部分である程度な過酷さ」と向き合っている人に、受け入れた土地がどういう反応を示すか、というのはかなり大きなことになると思います。どうぞ、「跳ね除ける」ようなことはしないでね、と言いたかったの。
新しく来た人よりも、「自分が以前から知っている、つながっている人脈や社会を優先する」という、一見当然で、しかし残酷な行為や発言は、その人が思っている以上に、新しくやってきた人を傷つけます。
今日はそれをひとつの締めくくりとして。なので、個人的なことをいえば、今、fbでもなんでも、この土地で温かくお誘いいただいている人たちには、とても感謝しています。でも必ずしも出かけられなくて、ごめんなさい ! です。「立て直す」仕事に、それなりのエネルギーもつかっていますゆえ。

長くなるので、このあたりで。
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by afrimari | 2014-05-20 10:32

久々更新、私のこと

ホームページ・トップへは・・・
http://orange.zero.jp/afrimari/

皆様、お久しぶりです、こんにちは。

やっと自分のページを更新する気持ちになりました。

久しぶりに個人的なことも書くので、このページで。Mixiからfb へ行って、ずっと「そんなこと」ばかり。でもね、今、この日本でおこっていることに我慢がならないんです。おかしいでしょ? あんなこともこんなことも。守られるべき人が守られていなくて、行っちゃいけない方向にいろいろな物事が動いて行って、本当のことを言った漫画が人の目に触れないようにされて、怖いでしょ、いいの? こんなことしてて。と思うけど、とても小さな力ではどうしようもなくて、だから、ネット上だけでもなにか言って、同じ思いの人とつながり、情報ほしい人には伝えたい、って思ってる。

でも、今日は、私のこと。

そうね、どこから話そうかな。この三月に父が他界しました。
ネット上では書かないことにしていたけど、今まで「父ネタ」として親しんでくださった方もいらしたので、ご報告。悲しいですよ、もちろん。100歳超えてほしかった、2年足らず。でも大往生って言いたいです。パパ、ありがとう。最後にそう言えたのは、良かった。
これで、終わり。夢に出てきてくれたり、それはそれで楽しいです。でも書く場所はまたあらためて。お陰で、久々に私、「書き」始めてます。そう。

それで、もちろん3月には東京に何度か通いましたけど、つい先日、先週はまた別の用事で東京へ行きました。楽しかったです。

東京へ行く前は、大人になってから初の、名古屋へ。
マイミクさんで親しくなった方と、一度神戸で会ってますけど、再会。というのも、その方と共通の「大好きな作品」アンゼルム・キーファーの作品が観たかったから。

「シベリアの女王」というので、名古屋の市立美術館が所蔵しています。
でも、それに先立ち、大阪の国立国際美術館が所蔵している、キーファーの「星空」に偶然逢えて・・・感激しました。好きだなぁ、「星空」。アンドレス・グルスキー展を観に行って、偶然、所蔵展で観たのですけど。良かった・・・

でね、名古屋の友人さんは、ギターを弾く方なので持ってきてもらって、二人でちょい、デュオってみました。でも事前準備があんまりだったので、今回は、初お手合わせくらい。今後、よろしくです。ご飯食べて、喋りに喋って、ああ、楽しかった。人はね、人の話を聞くのも楽しいけど、自分も喋れてやはり楽しいのよ、じゃなきゃ一通でしょ?

で、名古屋から東京に向かって。
目的は、六本木の新国立美術館でやっている「イメージの力」。民博の所蔵展なんです、だから待っていれば、関西に戻ってきてくれるけど、もう待ちきれなくて。行きました !

良かったです。世界の仮面展。ずぅっ~と、昔。私がまだアフリカへ行き始めた頃だから・・・1980年代の初頭、東京のサントリー美術館で、アフリカの仮面展を観たことがあった。あれも凄かった。けど、今回のも凄い・・・アフリカのみならず、オセアニア、中南米、世界の仮面です。しかも、展示方法が、地域別ではなくて、ランダムなの。

人がイメージするもの、目に見えないものを可視化する時、世界には共通したなにかがある、という発想のもと、というのは私が今勝手にここで言葉にしていますが、なにかそういう事は書いてありましたね。素晴らしいです。

アフリカ、オセアニア、は現地でずいぶん見てきましたけど・・・でも知らないものもいっぱいあって、ぶっ飛びました。おすすめです。各地回る予定なので、調べてね。
同時に、「あ、これ現地でかぶっているの、観たよね、撮ったよね」というのもかなりあって、いかに「自分がすごいもの見てきたか、撮影してきたか」というのを今まであんまり意識していなかったことにも気づき。ありがとう ! こういうのまとめてみたいです。

それと、東京、もうひとつの目的、東京都写真美術館。ここでの展示はいつもご案内いただいているけど、離れているとなかなか行けなくて。今やっている展示オープニング・レセプション、行きました。久々にお会いする方たちもいて。自分の古巣・・・まだ離れて3年だけど・・・に来たのだな、としみじみ。ずっと知っている人と会えるって素敵です。あらためて。飲みに行きました。楽しかった ! 正直言って。恵比寿で飲んだ。

恵比寿のバス・ロータリー。あの、3.11の日。ピーター・バラカンさんと、六本木で打ち合わせのために出かけた私は、それ以上進めなくなって、打ち合わせの時間も大幅に過ぎてしまって(ピーターさんは、家族としか携帯を使わないから連絡が取れなかった。かなり待っててくれたみたいだけど、結局は行っても会えないはずだった)、ここからバスに乗り・・・1時間くらいバスを待ち、5時間か6時間乗って、世田谷の家に帰ったんだった。バスの中からは、トコトコ、トコトコ、静かに、歩いて帰る人々をたくさん見た。

バス停で待っていた人から、仙台空港が水浸しになっている映像と、福島第一原発の映像を観せられて、青くなった記憶。それが、今、この私がここにいる私になっている。あのバス停の横を通った。

先日、一緒に歩いていた人たちには、そんな話はいっさいせず。
でも、ホント、飲んで楽しかったよ、ありがとう。

私は、18歳までに、12カ所で育つ、という体験を持っている。父の転勤のためだった。昔は皆、ぞろぞろついて行ったんだよね。母と、兄弟姉妹3人と、祖母と、猫と一緒に。だから、新しい土地で生きることなんかぜんぜん怖くなかった。

震災の後、ものすごく体調が悪くなって、沖縄への移住を決めた時も、ほとんど迷いはなかった。自分が移住するのと同時に、「来たい人はここ来て」という活動をすることに決めたからでもあった。
沖縄では夢中だったね。新しい、初めての土地。旅行はあるけど住むのはね。始めなければならない計画。賛同して協力してくれた人。ホント、ありがとう・・・だから寂しくはなかったよ、暑い国の人たち独特の人なつっこさもあったし。なにより、私の臍のうが、まだしっかり東京とつながっていたからね。その当時、私はfacebook はやっていなかったから、Mixiで。いろいろな人とつながっていて。

でも、いろいろなことに限界がやってきた。
実は沖縄で会社始めたのも、この収益でなんとか支援を続けられたら、という想いもあったのだけれど、とんでもなかった。会社そのものがものすごく大変になってしまって。という経緯はここではあまり話せない。まだ終わっていないから。

沖縄では、ずいぶん写真は撮った。私には珍しく、風景や自然を。美しかったんだもの。激しく変化する気候、日本離れした風土。それはそれで楽しかったし。
でも、仕事はね。本来の自分の仕事を考えるとなんとかしなくてはならなかった。

なんだか私の手記みたいになってきたね。
それで関西に移住したの、再び。本当は、沖縄で写真のギャラリーを作ろうかと思っていた。でもその難しさがわかったので、関西にと思ったの。それはこれからどうなるかわからない。この数ヵ月、ずいぶん頑張ったけど、私、気が短いのよ。すぐに反応してくれないと、嫌になるの。でも、まだまだ可能性ある・・・そんなことは置いていて。今日の話題。

先日、名古屋と東京へ行き、わかったことがある。

私は移住は楽々できる人だった。だから、危険な地域・・・今、福島の話をしている・・・にいる人は、どうぞ、出てください。そう言いたいの。でもそれがどれだけ、移住したことのない人には大きいことなのか、今やっとわかり始めている、そんな話。

沖縄にいる時、サックス奏者の梅津和時さんと、多田葉子さんが、その時やっていた「ここに来てね支援・SARA」のために演奏しに来てくれた。嬉しかったですね。その時、こんな話をした。

どこにいたって生きて行けるじゃん、「出られない」っていうのがどうしても頭ではわかっても、自分のこととしては理解するのが難しいって。私も梅津さんも「どこにいてもいい人」だったの。でも、私にとって長く、30年以上も仕事して、友達と過ごしてきた東京を離れて、3年経って、やっと、なんかわかってきた、ってそういう話し、今日はね。

寂しいね、友達と離れるっていうのは。小学生が「移住できない、友達と離れるの嫌だから」っていうのは、そこそこわかる気がしていたけど、大人だってそうなの。

ずっと私を知っててくれる人と話す安心感。嬉しさ。
そういうのって、いくつになっても否定できないんだね。

でもね、もう一度言う。危ない地域に暮らすのは、危ない。

私は関西に来て・・・実は幼い頃に過ごした神戸が懐かしくて、ここで写真の美術館つくりたくてやってきたんだけど、そして、大阪は高校生時代の2年半を過ごした懐かしい土地だけど、それでも、私を深く知っている人に会えないのはもの凄く寂しい。
最初は、すぐに友達をつくるつもりでいたけど、それは違っていた。新しい友だちは新しい友達なの。

でも、今日、気がついた。なぜか、突然ものすごく眠くなって、寝た昼寝の夢に母が登場した。別に特別な夢ではなかったけど、こうして今、ものすごい勢いで文を書いているのも、それがあったからに違いない。

私はすでに神戸で、一人、二人、と友達ができつつある。今までにはなかったタイプの友人もいる。ものすごく私のことをわかってくれる。これってすごくない? こんなに短い間に、かなり突っ込んだ話のできる友人ができてるって。ありがたいし、同じ場所にいたからって必ずしもできるわけではないでしょ?
だから、まだしばらく私はここで生きていく。

皆もそんなことができるよ、って言いたいの。

今、目の前には、目も覚めるような夜景が広がっている。良く晴れていた今日は、夕方の海がものすごくきれいだった。こんな場所を見つけることができたのも、ありがたいと思っている。
神戸は大好きな町だ。まだ友達は少ない。それがどうしっていうんだ? 当たり前でしょ?

群馬、東京、名古屋、京都、大阪、沖縄、そして、海外。私の大切な友達はあちこちに散らばっている。それだけでもありがたくない? いるっていう。(これは必ずしも、私が住んだ場所ではありません、友人が移動した場所や、戻った故郷だったりします)

同時に、生まれてずっとそこにいた人たち、がどれだけ離れがたいかやっとわかった私がいる。新しいことがわかるって、すごいことだね。でもね、決意しないとならないことはある。
沖縄でも、福島から来た人たちに会った。初めてだったんだって。自分の故郷を離れて暮らすの。あの頃はそんなことが、あまり理解できてなかったかもしれない。

でもね、始めてみたら、できたりすることもあるんだよ。
そう言いたいの。
今日は、これで終わり。

友人と、あちらから見守ってくれている両親に感謝をこめて in Kobe
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by afrimari | 2014-05-18 21:56
ひさしぶりに日記、更新です。
fb ばかりやっていたので、これからは連動していこうと思います。写真の更新はまだまだぜんぜん進んでいませんが・・・

リリアン・バスマン ! 京都国際写真フェス。先日観て書いた「火星」と、これがもっとも印象的で、心に残った。Signature of Elegance とタイトルされたとおり、優美、エレガント、流れるような曲線の美しさ。大人の女性の美を追求した、ファッションなのだけどそこにとどまらない、アートです。好きだなぁ。1948年にハーパースバザーでそのキャリアを始めたのだけど、どの作品もまったく古くならない。心から美を追求した結果でしょう。一時期、それもファッション写真がこう勢を迎えた時に、写真をやめてしまったこともわかる。「ファッション写真は、ボタンやフリル(だったか? )をちゃんと見せるために撮るのよ」と言った、某編集者だかディレクターと口論になった理由もわかる。貫くって大変なのよ。

たかが、写真。たかが、ファッション写真。でもそこには、美意識も、生き方も、社会性も、時代性もすべてがある。ローリング・ストーンズでしたっけ?「たかが音楽」だか、「たかがロック」って言ったのは。その居直りは美しいね。

ねぇ、知ってる? なにかを、もしくは、人を、否定するほうが、肯定するより易しい、と言った某建築家の言葉を?
そうなんだよね、肯定する時、人は、それを認め、自分も加担したことになる。そうするよりも、なにかを見つけて否定しているほうが易しいわけ。
でもそれって、つまらない生き方じゃない?

イエス、といえるものをいつぱい見つけたい。

あ、今回展示されていたバスマンのプリントは、オリジナルの銀塩プリントをスキャンしてデジタルで出したもの(でしょ?)だったので、確かに白飛び部分が「いわゆるの、デジタル白飛び」で、う~ん、ではあるんですね。(書いている方たちがいらしたので、あえて書いてます)でもたぶんもともとのプリントも極端に白を飛ばしていたりするとおもうので、頭の中で、デジタル観ながらもともとのプリントはこうだろうな、と想像しちゃう「変換機能」が働いてしまう。一番困るのはたぶん、銀塩写真のプリントの美を知らないで育っちゃうと、その変換機能も備わらない、ていう点でしょうね。こういう観方は、バイアスかけながらの観方であることはわかっていますが、私はそういうこと飛び越えて観ちゃった。この人が「なにを撮りたかったか」というエッセンスはしっかりいただきました ! 美しかった。

閑話休題。
リリアン・バスマンの作品は、龍谷大学の大宮学舎を借りて開かれていた。これも素晴らしい建物なんですよねぇ。見惚れてしまった。特に内部が。これで、fesの中では七カ所みたことになるけど、神戸から通うのでは限度あります。まだ広川泰士さんの原発風景を見損なっているけど、行けないかも。
昨日は、マン・レイのコレクターである、最近お知り合いになった石原さんの展示(ギャラリー16=この番号は、写真fesのものではありません)も観た。トークの終わりくらいに到着したので近くまでいってみることができなくて残念だったけど、マン・レイの銀塩オリジナル・プリントはやはり、ほれぼれするほど美しかった。
その後の予定があったので、早々に退ギャラリー、m(-_-)m! 立命館大学の平和ミュージアムへ行ったのですが、タクシーが迷ったため(でもすごくいい運転手さんだった、いっぱい謝って、タクシー代おまけしてくれた、笑) 閉館時間に少しだけ遅れて到着。ちょうど電気を消したところだったのに、私に気づいてまた点けてくれた、なんて優しいんだ ! ここの人もすっごく感じがよかった。ちょっと前に、実はちょっと複雑な思いをさせられたせいでいよいよ際立ちましたわ♪
広い会場ですねぇ。さすがに見ませんでしたが、地下にも二階にも広々とした展示場があるそうです。大学、すごい・・・

ふたたび、話はかわり・・・今日は長い。
いやぁ、連休中に人の混むところにいくものではないですねぇ。電車はほとんど立ちっぱなし(神戸からだから、遠いのよ)。バスも渋滞するし、そのバスの中でも立っていたし、不便な所は歩くしかないし、歩くのはなんの抵抗もないのですが、展示を観ること自体が足を使う事なので、そのすべてがいっしょになると、いかに「足が丈夫なこと」が嬉しい私でも、まさに棒のようになりました。帰ってからお風呂に入り、ひさしぶりにやろうかな、とアロマオイルでマッサージ。
山ほどあるアロマの中から、「今日の五本」を選びだし、やったら・・・あらぁ、今朝はまったく筋肉痛なし・・・アロマの威力、凄い~。
100%無農薬純正アロマ精油です。やはり少しはお値段もはりますが、それなりの価値は十分にあり !(知識と経験と、直感で選ぶアロマ♪)
今日は、白っぽい空で、あまりお天気はよくありませんが、元気にいこうと思います。

皆様も、Good Day !




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by afrimari | 2014-05-05 10:13